「 我が輩は猫である。家はもうない… 」
- 三宅島全島避難から1年半、取り残されたペットを保護する
三坂健太郎さん(42)が、誰もいない島で見たものとは! -
わが輩 はアオである。家は、もうない。
三宅島で生まれたわが輩は、
真っ自な毛並みと青い目のオス猫だ。
島には居心地のいい家があり、
優しい人間の家族がいたのだが…。
あれは1年半前に始まった。
毎日、不気味な地震が続き、
空から灰が降りだした。
イヤなにおいが充満し、目はシバシバするし、
鼻水はズルズル、息も苦しい。
気がついたら家族が推もいなかった。
食べ物も水もなくなって、わが輩は家を出た。
地面がグラグラ揺れ、ドドーンと大きな音がする。
雄山を見上げると、
山頂から3200メートルのの噴煙が上がった。
空はみるみる灰で真っ暗になった。
地震は8月25日に37回、29日は108回。
道路には噴石がゴロゴロ。雨と1緒に火出灰が降り、
大雨の後は、 数十cmの泥の灰が積もった。
泥流に飲み込まれ、ミャ-ミャ-鳴いて
流されていく子猫も見た。
しかし、わが輩には何もできない。
まさに地獄絵だった。
虫を捕まえ、草を食べて飢えをしのいだものの、
だんだん虫も植物もなくなった。
真っ自だった毛並みも泥まみれだ。
わが輩は死ぬのか。
いや、死ぬものか。
少しでもガスのにおいがしない方向へ
歩いていくと錆が浜漁港の桟橋に出た。
家を出てから1力月以上経っていた。
桟橋にはほかの猫も集まっていた。
皆ガリガリに痩せて骨と皮。
全身灰だらけ、目は目やにだらけで、
皮膚ガンで耳がなくなったヤツもいた。
そいつが、ガスにやられて細くなった声で言った。
「よく来たな。でも、ここだっていつまで安全かわからない。
雄山が噴火して、二酸化硫黄の
有毒ガスも充満してきている。
「ガスは空気より重くて低いところに流れてくるんだ。
臭いと思ったら、高いところへ飛ぴ乗るんだぞ」
わが輩は猫の本能でなんとなく
屋根や塀の上を歩いてきたが、
お陰でガスにやられずにすんだらしい。
耳なしは、とても物知りな猫だった。
「人間はどうしたんだ?」わが輩が聞いた。
「人間は全員、島から避難した。9月の初めごろかな」
わが輩は驚いた。わが輩は置き去りにされたのだ。
あんなに優しかった家族がなぜ?すると耳なしが言った。
「人間も必死だっんだ。墳火はいつ終わるかわからない。
猫が避難船に乗るためにはキャリーが必要だった。
犬もロ輪をつけるか、ケージに入れるどいうきまりだっだ。
大勢が避難したからね。
俺の安族は、泣きながら俺を抱きしめると、
『すぐ戻ってくるからね。それまで頑張って生き抜いてね』
と、避難所に行った。
でも、そのまま家に戻れなくて、島を離れて行ったんだ」
震える声でそう言うと、耳なしは目をシバシバさせた。
非常事態だったんだ。わが輩にもやっと事情がのみ込めた。
しぱらくすると、遠くから船が斬づいてきた。
「神津島の災害対策本部から消防士の人が来たんだ」
耳なしが教えてくれる。
消防士や漁船の人たちは、時々やってきて、
わが輩たちに工サと
水をくれるらしい。
安心したら、眠くなった。体はもうボロボロだ。
ずっとあの地獄を逃げ回ってきたんだから。
気がついたら、セスナの上にいた。
わが輩は東京の動物病院で治療を受け、 目が青いのでアオと
呼ぱれることになった。
わが輩を助けてくれたのは、
三坂健太郎さん(42)というヒゲのお兄さんだ。
お兄さんは、動物保護団体から委託され、
島に残された動物の状況を調べるために、
8月23日からご三宅島に2回入って30匹余りの猫を保護。
10月5日からは神津島に行き三宅島に残った猫を
保護するように消防士に頼んでくれたのだ。
わが輩はその時、拾われた。幸運だった。
島には100匹以上の猫が置き去りにされたそうだから。
犬は、野犬化するど危険だから優先的に
保護したそうだが、猫まで手が回らない。
お兄さんがいなかったら、わが輩もどうなっていたかわからなかった。
最初、お兄さんは避難解除になったら、
島に戻すつもりだったらしいが、
噴火はなかなかおさまらない。
そこで、アパ-トを引き払い、千葉県長生郡の
一戸建てを借り、わが輩たちの仮設住宅を作ってくれた。
ケージの仕切りや寝床はお兄さんの手作りだ。
オス部屋とメス部屋、そして、病気猫の部屋がある。
病気猫のなかでも、サムはいちぱんの重症だ。ネコエイズだ。
「う-ん、サム、口臭いなあ。でも、見捨てないからな」
お兄さんはそう言いながら、口内炎だらけのサムの口に、
スポイトで薬を飲ませている。
サムは島で、夜、ポツンと道路に座っていて、
テテテ-ッーとお兄さんに寄ってくると、
くっついて離れなかったそうだ。
わかるよ。とっても、寂しかったんだろうな。
39匹保護されたうち、栄養失調などで子猫が死に、
仮設に入ったのは33匹。
医療費だけで月5万〜6万円。全国からエサが届いたり、
保護団体の募金もあったが、お兄さんは、できるだけ元の飼い主に返したいと、
昨年春からHPも始めた。しかし、戻れた猫はたった1匹。探しにきた人もいたが、
みんな猫違いだった。元飼い主でも、都営住宅やアパート住まいはペット禁止。
わが輩の家族も、きっとそんな理由で、引き取りに来られないんだと思う。
わが輩に里親が見つかったのは、昨年末のことだった。
1月末日、お兄さんと、東京郊外の里親の家に行った。
優しい笑顔の人たちが、わが輩を迎えてくれた。
庭が広くて、自由に歩き回れる環境だ。わが輩は幸せだ。
ホントはちょっぴり三宅島に帰りたかったけど…。仕方ない。
まだ、島の人も戻れないんだから。
残された伸間たちにも、いい里親が見つかることを、わが輩は祈っている。
2002/2/26 「女性自身」掲載
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